2021年4月1日木曜日

靴クリームの比較 - Boot Black と Boot Black Silver Line その後 -

もうずっと前になってしまうのだけれど、W134でずっとやっていた Boot Black(ブートブラック)と Boot Black Silver Line(シルバーライン)の比較。

大きな違いはないような気がする。


この靴自体はそれほど登板機会がないので、クリームをしっかり入れて磨くのは年に数回程度、なので、始めてからいままで合計しても十数回程度しかクリームでお手入れしていない状態。

当初、シルバーラインのほうが青みが強いブラックだとわかったものの、別に靴が青くなるわけでもなくいまに至る。(当然)

結論としては素人には見た目レベルではよくわからないというところだった。

シルバーラインの左足。
ブートブラック(黒蓋)の右足。

区別つきません。


細かく見るとシルバーラインのほうが気持ち光が鋭く、ブートブラックのほうが表面のテクスチャー感を残す仕上がりな気はする。これはクリーム自体の成分的なものよりも、もともとの硬さによるところが大きいと思う。硬い分ワックス効果が大きくなるみたいな。ていねいにブラッシングとからぶきしてしまうとその差は誤差という程度になる。

ブートブラックの黒蓋は固形のワックス掛けまでやるような向きもターゲットなので、柔らかめのクリームはどちらかというとじっとりと浸透させる方向で、まずは浸透するようなじっとりとした仕上がりにして、ぱっきーんな光り方はワックスに任せるという意図かな。

逆にシルバーラインはこれ一本のオールインワンを狙って、クリームだけでもなかなか光っている感覚が得られるような作りのため、少し硬めに作り上げているのではないかと思われる。

素材自体はブートブラックのほうが高価なものを使っているようだけれど、実用上はシルバーラインでも全く問題がないので、単に仕上がりの好みで選んでもよいという程度かもしれない。

細かいこと言えば靴のお手入れが趣味みたいな人はブートブラックのほうが楽しめるだろうし、どちらかというとお手入れにそれほど時間をかけない人にはシルバーラインのほうが向いている。このあたり、やっぱりもともとの製品コンセプトどおりで、靴のお手入れをこれから始めるような人にとってはシルバーラインのほうが無駄に塗りすぎることもなさそうだし、容易にいい感じの仕上がりが得られるはず。


同一メーカーが同じような目的のために作っている製品なので、基材についてはある程度共有しているところもあるだろうし、一定の品質基準なんてのもあるだろうから、短期的な見た目や使い勝手は変わってくるものの、長期的な保革効果にはそう差がないのかもしれない。

Boot Black に関して言えば、素人がちょっと靴お手入れしています程度の頻度や量ではほとんど効果に差がない。もしかするとワックスをしっかり塗って仕上げると、そのベースとしての感覚は大幅に異なるのかもしれないけれど、ふだんはクリームオンリーなんていう場合はどちらを使っても困ることがない。

もし僕がおすすめをするような立場であるとすれば、どんな靴クリームが良いかを聞いてくるような人にはシルバーラインを薦めるくらい。黒蓋買うような人はわざわざそんな質問してくることないので。

逆に、お手入れが趣味の人が試してみるなら黒蓋のほうがいい。仕上がりの足りない部分は自分で補える人にとっては、多少顔料多めのクリームは靴の表情をはっきりさせやすくほかのアイテムと相性が良い。


長期でやってきたクリーム比較は同一メーカーだとあまり面白い結果にならなかった。
この先も大きく変化するとも思えないし、これからはアーティストパレットでお手入れしよう。


2021年3月3日水曜日

Arch Kerry - Algonquin Split Toe Blucher Oxford

靴好き界隈ではいまいちばんホットともいえるブランド「アーチケリー(Arch Kerry)」

(写真が影になっていてへたくそですが...これはオーダーと同型のサンプル)


仕事で履く靴はもう打ち止めという感じなので、オフ寄りできればオンでも、という靴を新たにオーダーしてしまった。納品は4か月後あたり。

Arch Kerry Algonquin Split Toe Blucher Oxford、通称アルゴンキン。Vチップと呼ばれることも多い。


Arch Kerry についてはこのブログを見ているような人であればすでにご存じだとは思うものの、少しだけ。

アメリカンビンテージにこだわるあまり、履いていたら気づく人はまずいないであろうラバーのヒールをオリジナルで作ってしまったり、言われなければこちらもまた気づかないであろう靴紐までコットン100%のオリジナルにしていたりなど、見えないところ、気づきにくいところまでも徹底して追及する、そんなブランド。

製造を担当としているTate Shoesさんとしては、もはやこの作りになるとハンドソーンしたほうが早いのではないかという状態なのに、ビンテージはグッドイヤーウェルテッドなんだからわざわざリブ寝かせて機械通すとか、現代ではなかなか手に入りにくい色や質感を実現するためにタンナーに足を運び毎回色の確認をして最終仕上がりのイメージを毎回考えるとか、とにかく自分の思うものに妥協をしない靴づくりに対する熱意が伝わってくる、そんなブランド。

とはいえ靴は履くものだから、木型にもこだわり、特にかかとのおさまりを重視してラストを工夫したり、スマートに見せるために履き口を少し大きめにしたり、ハンドプリッキングで見た目のわかりやすい雰囲気も大切にする、そんなブランド。


単にデザインを再現するのではなくて、そのコンセプトや意味までを再現してしまうアーチケリーにしてみれば、ラインナップに入れているナイロンメッシュの素材感はまだ当時を完全に再現できる域にはいっていないということだし、靴紐についても目の細かさがまだまだ粗くて、当時と同じ細やかさのものは日本では見つけられていないとのこと。

アメリカンビンテージの再現にあたっては、表面的な形をコピーするのではなくて、その時代考証も含めて数多くの資料にあたられていて、そのうえでステッチ一つの意味、素材の意味などを考えて企画されているそう。

ほかの革製品についても当時はどういうものを使っていたのかも調べているのだけれど、靴以外は資料が足りなくてきちんと時代考証ができないことが悩みだったり、財布などの小物系はその時代に必要とされた機能による作りがなされていて、そのまま再現すると現代では意味をなさないものになってしまったりと、いろいろ難しいらしい。

ここまでいくと「再び現れた」という「再現」という文字どおりで、その時代の一部が切り取られて現在にタイムスリップ、そこで単に作っている側から見ればごくごくあたりまえの靴を作っていることと同じとしか思えない。シンプルにオリジナル。


僕が購入する前にすでにご購入されている方々に、日本の革靴界隈での超有名人が多いということは、単なる話題性だけではなくて、それに裏打ちされるプロダクトの群を抜く立ち位置があるからこそ。

正直なところ、単に革靴を履いている人レベルの僕にはこの靴の意味や本当の良さなんて解っていないなんてことには気づいているものの、靴好きが自分の作りたいものを徹底して作ったというストーリーにわくわくしてしまう。そう、機能を中心とした道具を買うのではなくて、大げさに言えば文化や歴史に投資する感覚すら感じてしまう。


とはいえ、10万円レベルの靴なので僕にとっては気分でホイホイ買える靴ではないのもまた事実。
「欲しいけど、やっぱり手を出せないな」という気持ちでずっといたものの、ちょっとしたきっかけがあり「頑張れば手が届くし、やっぱり欲しい」に変わってきていた。

RENDOが始まった頃もそう思ったのだけれど、本格的な革靴が衰退するのではないかと思われるこのニッポンで、世界に通用しようとする革靴を企画し、作っている人がいて、それが自分の目の前にあって、なんとか(かなり)頑張ったら買える価格で手に入る。

そういう靴ってものすごくわくわくしないだろうか。安藤坂に行けばそういう作り手の声を聞きながら靴を選ぶことができる。ステッチ一つ、靴紐ひとつまで作り手の熱い思いを聞きながらどれにしようか選べるなんて、国内でそんな体験はジョン・ロブでさえできない。


デザインはいわゆるVチップ。アーチケリーでいうところのアルゴンキン。
40代以上であれば、若いころにAldenのコードバンVチップにやられちゃっているひと多いのではないだろうか。ほしいほしいと思っていても、結局手に入れられずいつの間にか歳とっちゃいました、なんて人いないだろうか。

全体の印象を決める素材として僕が選んだのは大東ロマン社のブラウン。直近の仕上がりは気持ち赤味が差したダークブラウンという感じだとか。この手の茶系は自然素材だけに毎回きめの細かさや色合いなどが微妙に違うらしい。それを「あたり」だとか「はずれ」だとかいう月並みな言葉ではなくて、個性としてどれも楽しめるところがアーチケリーの楽しいところでもある。

サンプルを触れた感じではいわゆる国内メーカーが使っている国産キップに比べると遥かに薄手に仕上げられていてとても柔らかな印象。試作段階ではイタリアの革なども試してみたが、大東ロマン社のカーフにたどり着いたそう。クリームをよく吸う革なので染料などによる変化も楽しめるとか。せっかくだから手元に来たら少しだけ色合いの違う染料系クリームを使って楽しんでみようか。

ラストはDウィズということになっているが、芯の入れ方や素材で使われているカーフそのものの柔らかさによって窮屈さを感じない。

サイズ把握のためのサンプルシューズは内羽根で、今回のアルゴンキンは外羽根なのでおそらく完成時点でのフィッティングは違ってくる。アルゴンキンのラストはつま先が少しゆとりあるつくりという話もあるので、どう出るか楽しみでもある。

試着した感じでいうならば、サイズ感はシェットランドフォックスのケンジントンあたりに近い。ただ、実際に数字無視して足入れしてみるといいかも。かかとの包み込みや甲の外側のフィット感を感じるのは少し小さめのサイズにしたとき。サイズバランスが良かったこともあるのか、かかとのおさまりはこれまで履いた靴の中でもトップクラスどころか明らかにトップ。

コバの仕上げはホワイトステッチナチュラルトップを選択。

こんな色。
ビジネスユースを考えるとブラウンの糸にしてコバも塗りつぶすのだろうけれど、カジュアル用途にはこっちのほうが圧倒的に格好いい(と思う)。
当然目付はハンドプリッキング。3月以降の改定でハンドプリッキングが標準化されるためあえてこのオプションは外そうかどうかちょっとばかり悩んだものの、やっぱり実物目にするとやりたくなってしまったので。

アメリカンビンテージという位置づけとしてはキャンバスライニングで、それはそれで格好良いところもあれど、内側が破れた時のメンテナンス性などは革に一日の長があるということだったので、超長期ユースを考えている僕はそのあたり踏まえてライニングはレザーを選択。


今後は2235NAのようなウイングチップや、Alden 990 のようなプレーントウも作ってみたいとのこと。そういえばアメリカではAlden 990、イギリスではシャノン、日本では2504みたいな少しぽってりしたプレーントウって息長い。
(しかもどれも素材の違いはあれテカテカしているモデルというのも共通)

休日に2235NAなどを履いてはいるものの、僕自身は実はアメリカンビンテージよりはブリティッシュクラシックが好み。そんな僕に新しい世界を見せるための神さまのちょっとした計らいなのか、ひょんなご縁がありアーチケリーの靴を手に入れることになった。

僕はいつの日か息子とおそろいで2235NAを履くことが夢のひとつで、そんな話をディレクターの清水川さんに話したところこんな一言が。

「リーガルで無くなってもアーチケリーで作りますよ」

僕の中でアーチケリーが「買いたい靴」から「買う靴」に変わった瞬間だった。
うん、息子がちゃんとした革靴を履くようになったら今回購入したアルゴンキンでお揃いにしよう。


アーチケリーはアメリカンビンテージを推しているとされているけれど、実は推しているのは「アメリカンビンテージそのもの」ではなくて、「好きな靴を現実化する楽しさ」ではないかと思えてならない。その一つの形として、清水川さんは自らが使命感とさえ考えているアメリカンビンテージの次時代への継承という「こだわり」をアーチケリーというブランドの製品を通じて見える化しているのではないかと。靴の形という外形的な分類だとアメリカ靴ということになるだけれど、では、いま店頭で売られているジョンマーやアレンと同列の靴を日本人が作った、というとそれは違う。そもそも勝負している分野が違う。

アーチケリーは単なるレプリカとしての靴を売っているわけではない。

僕にとってアーチケリーはもちろん歩くために履く靴という道具の面はあれど、それだけではない。靴はこれからたくさん積み重なる想い出を詰めていく入れ物でもある。家族の想い出、仲間との想い出それぞれの瞬間をともにする靴だからこそ、機能性や数字だけでは語れない「何か」を感じる靴であることが大切なのだ。

靴を10足以上持っている人であれば、11足目、12足目、13足目に買おうとしていた靴をちょっと後にして、その3足分の予算をもってアーチケリーの門を敲くのも有りではないかと強く思う。靴に対する考え方、単なる既成靴を超える細やかなつくりはもちろん、オーダーの際の会話によってよい革靴の基本について学ぶことができる。

比較的お金が自由に使える若手にもありではないかと。不透明な時代で手堅くお金を残すという選択も悪くはないけれど、将来の投資とみてボーナスの一部を使えば手に入れることができる。単に商品としての靴を買うのではなく、日本の靴界隈の有名人の心をつかむ靴をプロデュースする人の話を聞けるというサービス付きで靴を選ぶことができるなんでいまのうちだけかもしれない。いまなら著名人のClubhouseでも聞けない「濃い」話が聞けるかもしれない。


お客様がこの革で作ってほしいといえばできる限り持ち込み対応も考えたいという驚きの発言もあるくらいなので、ステッチやパイピングなどのデザインもある程度は希望に沿ってくれる。

ディレクターとして自分が妥協せずに目指して作り上げたデザインについて、いろいろな人が好き勝手に手を入れるのはどう感じるのかと尋ねてみたら、自由に楽しんでもらえればという回答だった。この安藤坂コインにアーチケリーのユーザーが集まって、みんなでそれぞれのこだわりをあれこれ言い合ったり、思い思い好き勝手に「こんな靴どうだろう」みたいな話ができたら面白いですね、なんて話で盛り上がった。


自分の好きなことに対して徹底的にこだわることに楽しみを見出した人だからこそ、同じように自分の好きなようにあれこれ考える人の気持ちに共感できる。安藤坂の一角から始まったブランドの想いや志は、果てしなく大きい。

2020年6月19日金曜日

クールビズでのシャツ選び

クールビズのビジネスシーンではどんな視点でシャツを選ぶのが良いのだろうか。

オフィスのカジュアル化に加えて、新型コロナウイルスによる在宅ワークの奨励などによって、スーツを着る機会はどんどん減っている。
そもそも「クールビズ」なんて施策がヒットしてしまったものだから、もはや基本のスーツスタイルは崩れまくっている日本の夏ではジャケットを着ている人なんてほとんど存在しない。

そんななかで「シャツ」はインナーの枠を超えた意味を持つようになっている。

「シャツは下着~」は「cultureとcultivateは~」と同じく、共感を得られると思う仲間内だけで使ったほうが良いうんちくで、得意げに人前で使うようなものでない気がしてならない。
シャツは下着云々はもはや過去の記憶として、シャツを「見られるもの」としてスマートに着こなすことがどういうことだろうか。ただジャケットを脱いでタイをやめただけではやっぱり残念な姿になってしまう。

ファッションに限らず、引き算の哲学は難しい。
完成されたと考えられているものからあるものを取り除いたとき、その行為が全体をぶち壊してしまうことがある。ある人にとってどうでも良い引き算がほかの人にとって壊滅的な印象をもたらすこともある。シンプル・イズ・ザ・ベストというのは、それだけシンプルが難しいということの裏返しでもある。

日本ではもはや違和感なくあたりまえのスタイルであるビジネスシーンにおける半袖シャツだけれど、やはり肌の露出は控えるほうが清潔感がある。パンツ(スラックスorズボン)を半ズボンにしてオフィスに登場したらさすがにこの日本でも厳しい。すね毛があろうがなかろうが関係ない。シャツの半袖も似たような印象を持つ人もいる。
少なくとも職場の女子はオッサンの汚い腕を見たいと思っていないだろうから、袖を切り捨てて自分だけ涼しい顔をしているよりも、満員電車で人に肌で触れないように隠しておくほうがオッサンとしての礼儀ではないかと思えてならない。


僕はもともとは真夏でもジャケット着用、タイドアップ(ネクタイ使用)というスタイルが好きな人なのだけれど、さすがに暑苦しい日にお客様先にこの格好でいくと引かれることもあるし、そもそも僕が住んでいる東京は温暖湿潤気候(Cfa)と、スーツ発祥の地である英国の気候(Cfb)より一段暑い。
そういうわけで、歳も取ってきたし、世の中ジャケットないほうが主流だし、相手にも暑苦しい印象与えないし、無理して体に負荷かけることもないしで、最近はジャケットレスへの抵抗が薄れてきた。

そういうジャケットなしで一日を過ごすようになると、改めてシャツの重要度がわかってくる。色、襟の形、サイズ、生地、etc...

ジャケットを着ている場合、はっきり言ってシャツの重要度はネックサイズとカフス幅があっていて、裄丈に適度なゆとりがあれば、案外あとはどうでもよい。
(といっても、このサイズを合わせるのも大変だけど)

ところがジャケットを脱いでタイをやめた場合、どちらかというとボディサイズと襟の雰囲気が重要になり、裄丈は腕まくりによってどうでもよくなるし、カフス留めたとしてもジャケット用より数センチ短いほうがすっきりする。

僕は身長170cmで、裄丈は採寸で81cmくらいなのだけれど、洗濯で縮むことも想定し、シャツの裄丈は最低でも84cm、多くは85cm~86cmくらいで作製する。
このくらいで作るとカフスボタンを留めない限りはだらんと長く、親指の付け根くらいまでの長さがあるものの、カフス周りをきつめに作るので、ボタンを留めれば手首に固定され、手を自由自在に動かしてもカフスは動かない。立とうが座ろうが、カフスは手首をしっかり覆う。

本来の腕の長さより十分にシャツの袖丈が長いため、シャツ一枚での立ち姿だとひじのあたりにかなりしわが寄る。
これがジャケットを脱いだ時に意外と目立ち、どことなくサイズが合っていないようなだらしなさを感じてしまう。
裄丈を長めにするというのはジャケット着用を前提としたときには100%正解でも、ジャケットを脱いだ時はシャツのツウには理解されるかもしれないが、これはこれでサイズが大きく見えてスマートではない。

シャツ姿をすっきり見せるにはジャケット前提より2~3cm短めのほうがすっきりとして、僕の場合は裄丈82cmくらいがジャストっぽく感じる。
そもそもスーツを着ないシーズンは腕まくりをしていることも多く、ジャケット着ていないのだから袖が出るかくれるなんてことはなく、裄丈が短いことが目立つシーンは少ない。

ということで、裄丈一つとってみても、ジャケット着用のクラシックの教科書スタイルではいまいちしっくりこない、日本のクールビズなりのシャツ選びがあると思う。



そんな古典的な考えを持つ僕が、若かりし頃の自分にクラシックをベースに少し肩の力を抜いてアドバイスするならこんな感じになる。
以下、丁寧な文体で。


「シャツはサイズが命、選ぶなら小さいほうにしよう」

先日、とあるシャツ屋でクールビズ用にシャツを買うため採寸してもらいましたが、「37-81もしくは38-82のどちらでもよいと思います」と提案されました。

僕が迷わず購入したのは37-81です。

体形がBMIで標準に入る人であれば、二つから選ぶことを提案されたときは小さいほうがおおむね正解です。
「大は小を兼ねる」といいますが、ファッションの世界では兼ねればよいというものではなく、だらしなさを強調するだけです。靴もそうですがわざわざ採寸してそもそも着られないようなサイズを提案する店員さんはいません。

たいていの人は大きめのサイズに関しては許容度が高く、小さい方向の違和感を強く感じがちです。また、クリーニングに出す頻度やアイロンのかけ方によっても縮む度合いが異なってくるのでお客様に提案するときはワンサイズ大きめも提案してみるという気持ちはわかります。ただ、僕はこれまでシャツ屋さんで「このシャツは自宅で洗濯する予定ですか、それとも毎回クリーニングに出しますか?」みたいなことを聞かれたことが一度もありません。

どちらにしてもどうせクールビスではネクタイしませんし、腕もまくることが多いので、ネックサイズが少しきつくても問題ありませんし、裄丈もくるぶしに乗るくらいあれば心配ナシです。

BMIでやせ型に該当する場合でも小さめがおすすめです。
この体形であれば下手にバストやウエストが余るとより貧相に見えてしまいます。満員電車とかではエチケットでカフス留めておくとしても、それ以外では袖をまくることを前提にしましょう。
どうしても腕を隠す場合はパターンオーダーでボディサイズを極力コンパクトに、裄丈を適正サイズに持っていくのがベストです。

体形が標準よりかなり太めの人はどうしたらよいのか僕は自分の体験談を持ち合わせていないため、お店の人の採寸に従い、伸縮率をよく確かめたうえでサイズ決定が良いと思います。



「シャツの色は白がいいかも」

クールビズでは淡いブルーなども合うとは思うものの、素材によっては汗が目立ちます。

わきの下や背中、襟や胸部などどこであっても汗が目立つのは清潔感の真逆です。単純に汚らしい印象を与えてしまいます。

白はそんな汗シミも目立ちにくく、陽の光の下で映える色です。
まずどんな色のパンツ(ズボン)にも合いますし、暑い日も涼しい日もいつも清潔感をキープできます。洗濯機に漂白剤と一緒に入れて気にせず洗えるという衛生面でも優等生。
冠婚葬祭どこでも通用しますので無駄がありません。

このブログを見ている人であれば常識かもしれませんが、ボタンの色や糸が黒かったり、カフスや襟に余計な柄が入っているのは中学生のオシャレ意識っぽいので絶対に避けましょう。少なくとも大人の身だしなみとしては完全NGです。なので、そういうシャツを販売していないブランド・店舗でシャツを購入すると地雷を踏む確率が減ります。


「襟の形はワイドなほうがいい」

アンタイド(ノーネクタイ)の場合は襟は開き目なものが(おしゃれ上級者でない限り)似合うことが多いです。

ワイドカラーやそれ以上に広がったホリゾンタルカラーは、正面から見たときの襟の占める割合が減るため、アンタイドでもすっきりします。

ホリゾンタルカラーはジャケット着用の時は微妙な感じがしてならないのですが、アンタイドにした瞬間に流れるような襟のデザインが自然に見えて、ネクタイを必要としないデザインに感じます。

ちなみに、よくアンタイドの時はボタンダウンが良いみたいな話を聞きますが、ボタンダウンってビジネスシーンで格好よく着こなすのは至難の業です(僕にはそう思えます)。
安易にボタンダウンに走っても、パンツが細身だったり靴がクラシックだったりするとよほどのおしゃれ上級者でない限りセンスのなさが強調されるだけです。
ボタンダウンはやっぱりカジュアルでこそその本領を発揮します。おしゃれ上級ではない一般のビジネスパーソンが無理してビジネスシーンに持ち込むことはないデザインに思えます。

襟の素材はフラシ芯を使ったふわっとしたものがアンタイド向きです。安価なシャツに使われるトップフューズ芯だと襟がパリッとしすぎて、襟が主張しすぎてしまいネクタイが無いことを余計に目立たせてしまいます。襟が紙飛行機の羽根みたいな人がいますが、自然なロールのほうが夏向きに思えませんか。

この数年購入したシャツでは、鎌倉シャツのワイドカラーの芯地がいちばん好きです。土井シャツはロールがイマイチで僕のアイロン技術だと右襟と左襟でロールが均一になりません。5,000円クラスでかなり頑張っているカミチャニスタは、ブロードに使われている薄っぺらな硬い芯地はアンタイドでうまく着こなせる自信が僕にはありません。最近鎌倉シャツも接着芯を使ったフランチェーゼシリーズを出してきました。個人的には接着芯でもコストダウンに見せないどころかかえって値段を上げるための秘策としての襟型ではないかと勘繰ってしまいますが、デザイン自体はとてもよく、これをフラシ芯でふっくら作ってくれたら、ホリゾンタルいらずな感じです。


「素材はざっくりふわっとしたものがいい」

定番のブロードは生地が薄くてよい気もしますが、汗で張り付きやすくしわも目立ちます。なかなかシャツ初心者泣かせです。アイロンがけも結構難しい。
僕はアンダーウエアを着る人なので、直接背中や胸がべったりということはないものの、オクスフォード系やツイルといったやや厚手の生地のほうが汗も目立ちにくいし、かえって涼しい見た目にもなったりします。

薄手になればなるほど、肌がアンダーウエアが透けやすく、清潔感が減ってしまうというのは皮肉です。ピンポイントオクスフォードは一見暑苦しいですが、上記のようなべったりすることが少ないので、汚らしい印象を人に与えることは少ないです。


「気軽に洗えることが最優先」

100番手以上の繊細な生地になると取り扱いも注意が必要ですが、シャツは2シーズン持てばいいほうと割り切って、思い切って気にせず洗濯機でどんどん洗いましょう。クールビスのシャツスタイルは清潔感あってなんぼです。

よく「シャツの耐用年数は2年と法律で決まっている」と書いてある記事を見かけるので、それってどういう根拠で成り立っているか知りたくて根拠の条文を探そうにもなかなか見つかりません。1枚で考えるなら労働基準法的に週5回を2年間来たら500回着られることになります。工作機械やサーバ機とかなら24*365の連続運用を基準に考えているでしょうし、PCなら1日8時間×週40で考えてもよさそうとか何らかの目安がありそうですが、シャツの耐用年数の考え方はよくわかりません。単純に10着くらいのローテーションで2年くらい着たら結構みすぼらしくなるという感覚的な問題です。

なので、僕は最低でも5着、できれば10着でローテーションが良いと考えています。5着持っていても週1回程度着たら1年間で50回程度、2年で100回着用(つまりは100回洗濯)です。何とか10枚まで頑張ってそろえるのが清潔感への近道です。

いちいちクリーニングやら手洗いやらもよいですが、洗濯機でじゃぶじゃぶ洗って自分でアイロンかけるで十分です。
ニオイが気になるシーズンだからこそ、脱いだら間髪入れずに選択できる家庭での洗濯機洗いが楽です。
クリーニングでパリッとしたシャツは確かに格好良い。でも、素人感が出てもきちんとアイロンがけした感が出ていれば問題ないですし、僕はそういう人のほうが好印象です。

手を出せる価格には制限があるので、フラシ芯を使ったしっかりしたシャツを選ぶと枚数をたくさん揃えらないなんてこともあります。その場合は無理して高いシャツに走らず、迷わず安価なシャツでもよいのでまず数をそろえましょう。


ここまでいろいろ細かいことをこれまで書いていますが、「清潔」に勝る「清潔感」はありません。どんなおしゃれなきれいめシャツでも臭かったり襟の汚れが目立ったり、袖口がボロついていたりするのでは台無しです。

以前のブログでも書きましたが、僕は衣服を捨てるのが苦しい人なので極力長く使おうとしますが、シャツに関しては襟か袖がだめになったら諦めます。コットン100%で襟が柔らかいものは寝間着や作業着などに使うこともありますし、分解して布切れとして活用することもあります。
残念ながらビジネスシーンでのシャツは「経験変化による味」というものは評価されないので、ここは割り切ることにしています。

洗濯し、アイロンがきちんとかかっているシャツを着ている人に対して「あれは素材が悪い」とか「襟のロールが」とかいうのは一部のファッション意識高い系だけなので心配無用です。少なくとも清潔感あるシャツを着ている人を見下すような人は(ファッション業界の一部を除いて)出世していませんのであなたの評価者になることはありません。なので、成長を阻害する要因にはまったくもってなりえません。



ここからいつもの文体。

ということでシャツを選ぼうとすると、お店があって(採寸できて)、ある程度リーズナブルな価格で手に入るシャツがやっぱりいいなということになる。
一部の人を除き、ビジネスアイテムにかける現実的なお金は有限なので数をそろえる時期、質を優先して入れ替える時期と、それぞれのタイミングによって何を優先するかが変わる。

若いうちならまずは数が勝負。
若さと快活さがあればちょっとくらいシャツが安っぽく見えても大丈夫。袖口や襟がきれいなシャツならば上司からも同期の異性からも高評価は間違いない。ボーナス出たらある程度追加するとか、毎月少しずつ積み立てて、2、3か月に1枚追加みたいな感じを1年続けるといった工夫でワードローブを充実させよう。

ビジネスでの経験や、責任ある役割になるにつれ身だしなみも一つの戦略的ツールとなるシーンがあることを理解する必要も出てくる。シャツの選択も、素材や形などが「ちゃんとしている」ものが必要になってくる。間違ってもボタンホールの縫い糸が違うものなんて着てはいけなくなる。
このころになるとシャツも着なれてきているのでサイズ感や職場の雰囲気に合わせてパターンオーダーするのもおすすめ。


「外見ではなく中身で勝負だ!」
と息巻く人の多くが外見についての知識はほとんどなく、中身も大して磨いていないということもある。ほとんどのビジネスパーソンにとってファッションは目的ではないが、ビジネス上の目的を達成する手段の一つでもある。期待される役割、モノの持つ価値や意味を考えることを放棄した人には手に入れらないないものがある。

たかがシャツ、ではあるがビジネスシーンで最初に目に入るのもシャツ。
されどシャツ、なのである。


スーツを語る人はたくさんいる。
でも、シャツにこだわってみるのも格好いい。

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洗たくの時に襟、袖にこれを使うと結構きれいになります。
クールビズのシャツスタイルには必須かも

2020年4月3日金曜日

4年経過 Boot Black と M.MOWBRAY 比較

Boot Black と M.MOWBRAY の比較も4年が経過した。

当初はクリームを塗った直後のツヤ以外にはあまり違いがないと思っていたが、4年たって決定的な差が出てしまった。

光が強めにあたっているところでは気づきにくいのだけれど、
M.MOWBRAYでお手入れしていた右足にクラックが入っている。

この差がクリームによるものなのか、それとも僕のお手入れ技術によるものなのか、歩き方の癖によるものなのか、たまたま素材に問題があったのか。
いろいろ考えるところはあるけれど、意外と目立つところに決定的なクラックが入ってしまった。
太陽光の下で見てみると結構目立つ。

塗比べをしているショーンハイトは、晴れの日も雨の日もあまり気にせず履いていて、時にずぶぬれになることもあった。お世辞にも丁寧に扱っていたとは言い難い。

とはいえ、最低限のクリームやブラッシングをしていたので、他の靴ではあまり見られない場所に4年ほどでクラックが入ったのは意外だった。
気が付いたら傷ついていたので、ひょっとすると別の理由で傷が入ってしまっただけかもしれないが、この場所を強打したりかすったりするようなことは記憶にないし、この向きに傷が入りやすいこともしていないと思う。

クリームを塗った直後の表面の感じや、クリームを落とした時の顔料の落ち方とかを見ると、Boot Blackのほうが革に負担が大きいと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。


伝統的な技術に基づくクリームと、日本の工業製品として研究開発に基づいて作られたクリームは、どうやら後者のほうが僕にとっては安心できそうだ。
たまたま僕の扱い方によるのかもしれないけれど、だとしても少なくとも僕の塗り方やその量、間隔とか、靴の扱い方においてはBoot Blackのほうが合っているのかもしれない。

4年にわたって比べてきたBoot BlackとM.BOWBRAYについてはいったんここで終了としたい。
クラックが入ってしまったのは残念だが、それもまた靴の表情でもあるので、この靴とは今後は自然なお手入れで付き合っていきたい。

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ということで、コレを使い続けることにしました。

2019年12月15日日曜日

土井縫工所のシャツ - DOIHOKOSHO -

土井縫工所のシャツ、通称「土井シャツ」はここ10年近く僕の定番シャツ。


それ以前はメーカーズシャツ鎌倉、通称鎌倉シャツをよく着ていたのだけれど、よりコンパクトかつかっちりして、既製では袖丈の長さなどディテール全体が土井シャツのほうが自分に合っている気がしているので、以来土井シャツ派だった。


その土井シャツのホームページが消費税増税に合わせて(?)この10月にリニューアルされた。

僕にとって衝撃的だったのが、
  • Entry Line の廃止に伴う(僕にとって)実質大幅値上げ
  • スプリットヨークの廃止を含むディテールの変更
  • バッグの廃止
あたり。



今年の冬はシャツを何枚か新調しようと思っていて、ちょうどロイヤルカリビアンコットンの評判が良いのでトライしようとしていた。そんな中での Entry Line 廃止。

僕のなかでの土井シャツの位置づけはもともと「お値ごろでありながら(僕にとっては)抜群に良い」というものだったが、繰り返される値上げでもはや「お値段それ相応」なシャツになってしまった。

価格改定というのはそこで働く人たちの雇用、福利厚生や賃金などに反映されるので、良いものを永く続けていくためには仕方ないところもある。

そもそも経済学の原則を無視した最低賃金改定が連発されるなかで、販売単価を変えずに製品を一定の品質で維持していくというのはなかなか大変なのだろう。
実際僕が働く会社でも原価の上昇を企業努力で抑えるのには限界があり、同じサービスを提供する価格を少しずつ(時には大胆に)値上げしている。


ただ、さすがにこの10年で倍近く、今回はこれまで高品質の定義のひとつとして謳っていた「スプリットヨーク」の廃止など、土井シャツにおけるシャツづくりの矜持を疑ってしまうような改定はちょっといかがなものかと思ってしまう。

よほどパターンの見直しなどで改善されていない限り、これまで「ドレスシャツのあるべき姿」としていたものの廃止は「このフィット感を更に高めるために」としていたことの取りやめなので、フィット感は確実に悪くなっているはずである。

もっとも国内外、高品質を謳うシャツメーカーでもスプリットヨークを採用していないことは意外とあるのでそれ自体を騒ぎ立てるほどのものでもないかもしれない。

なので割り切ってしまえばどうでもよいことでだけれど、なんというか梯子を外された感が否めない。よく見ると前立ての一番下のボタンホールの扱いが変わっていたり、明らかにダウングレード。


と、いろいろ書いてしまったけれど、いまでも土井シャツは良いシャツの代表グループ入りしていることは間違いなく、今回のリニューアル(値上げ)がシャツづくりの技能伝承も含め、職人さんの地位・待遇向上につながることを願ってやまない。



で、今回リニューアル後に土井シャツを購入したのでちょっと感想を書いてみる。

購入したスペック
  • ワイド(従来のセミワイド相当)
  • ダーツモデル38をベースに次を調整
  • 裄丈85(従来同様)
  • カフス回り23(従来同様)
  • 着丈80(従来+1cm)
  • 袖型スリム
  • ウエスト88cm(従来-2cm)

今回のリニューアルはパターンの変更も入っていて、いわゆる背中にダーツが入ったスリム系のサイズガイドを見てみると、いかに土井シャツがスリムを目指しているかがわかる。
バストからウエストにかけてのカーブはほかのシャツよりも明らかにシャープなラインに仕上げられていて、デフォルト指定だとかなり逆三角形な体系でないと腹周りが協調されてしまうシャツになる。

実際、身長170cm、体重60kgでかつオッサンの僕は88cmで作ってみたけど、あと2cm細いデフォルトだと少し腹が目立つつくりになってしまいそうだ。

裄丈は少し長めにしている。ジャケット前提のサイズなのでこのくらいの長さが欲しい。購入してから気づいたけど、時計をしない僕はカフス回りはあと5mmくらい小さくてもよかった。

「シャツは下着」という原理主義的な場合は裄丈はやはり長めのほうが良いけれど、高温多湿の日本ではジャケットを脱ぐことも多い。ジャケットを着ない前提ならば、シャツの裄丈は「シャツは下着の教科書」で説明されている長さより(身長170cm前後なら)2cm短いくらいがちょうどよいと思う。
あながち土井シャツのデフォルトである38/82は170cm前後の身長の人にはジャケットを脱いだ時に違和感が少ないサイズかもしれない。

余談になるけど、僕も30代半ばまでこの「シャツは下着」原理者だったのでシャツは素肌に着ていた。ただこの場合、シャツを下着扱いしている以上、ジャケットは脱いではいけないという事実を理解していない中途半端な行動だった。暑いからと言ってパンツ(いわゆる「ズボン」)を脱いだらヘンタイなのとおなじで、シャツを下着と言いながらジャケットを脱いで乳首が透けている恥ずかしさに気づいてからは、原理主義者から何と言われようとシャツの下にアンダーウエア(平たく言うとTシャツ)を着るようになった。


土井シャツはもともとつくりはとても丁寧で、しかも長持ちする。
最近の生地はわからないものの、いわゆる「敷島綿布」時代の生地は圧倒的に質が良くて、数年着てもそうそうへたらず、襟を修理すればまだまだいけるんでないの、という状態。

ある程度ヘビーユースを前提に作られている生地だとは推察するも、生地の作り一つとっても日本の製品はよいことがわかる。

ボタン付けや細かい運針などに日本人の丁寧な仕事が見られる。

ちなみに、以前の(リニューアル前の)土井シャツの仕上げは細かいところまで素晴らしかった。


今回のリニューアル後のものを着てみた限り、大きな着心地の変化は感じられなかった。

値段上がってディテール簡素化なので世でいうコストパフォーマンスは大幅に低下しているものの、着心地は劇的に変わっているようなところはなかった。
冒頭のスペックの土井シャツと、ネックサイズ37を基準にちょっと調整した鎌倉シャツの Made to Measure とで比較すると、やっぱり土井シャツのほうが着心地が良い感じがする。(鎌倉シャツは少し攻めて作ったからかもしれないけど)

なぜか省略しても機能的にはほとんど変わらない(と思われる)ガゼットはそのまま継続されていたりするので、ひょっとすると何らかのポリシーをもって不必要と思われる部分をカットしながらコスト増を抑えようとしているのかもしれない。
フラシと思われる芯地や裏前立てのステッチなど地味な部分は継続されていたりする。

中国製造のカミチャニスタあたりと比べると、ミシン縫いの丁寧さや糸のほつれの少なさなど圧倒的に品質が上であることがわかる。



最も安価なシャツで1万円なので、これだと鎌倉シャツのパターンオーダーとガチンコ勝負になる。ディテール部分にもあまり差がなくなってくる。
逆に1万円以下はカミチャニスタ、アザブザカスタムなど通販で手に入るものだとか、コルテーゼのような店舗+ネットみたいなこれまた激戦区なわけで、シャツ界隈も結構にぎやかになっているように見える。

サイズに不安があれば、東京と大阪なら阪急MEN'Sでオーダーできる。
鎌倉シャツの Made to Measure した人なら、基準ネックサイズを1cm上げて首回り0.5cm減らすと近いかも。僕は土井シャツは38/85で作っているが、鎌倉シャツは37/84でネックだけ+0.5cmしている。

シャツは靴よりも許容範囲が大きいものの、とはいえ合うサイズが見つかるまでには試行錯誤になることもあるので、無駄を減らすにはやっぱり実店舗が安心かと。
どうしても近くに店舗がない場合は、勉強代覚悟でサイズ表見ながら既存シャツとの比較して1枚だけトライとか。



靴、タイ、シャツが決まっていればトータルでの印象がよくなると言われている。自分に似合うものを現実的な世界で見つけるには時間がかかるだろうし、なかなか見つからないかもしれない。
けれど、それを見つけようとする意志に価値がある。

2019年6月7日金曜日

「一生モノ」とは期待ではなくて結果

よく雑誌の煽りで「一生モノ」とか言ってお高めの商品が紹介されている。


欲しいものを手に入れたとき、金額にかかわらず「一生モノ」と思うことは多い。
けれど、それが一生モノかどうかは、結局は結果でしかないのではないかと思う。


神にまで誓った「あなたを一生愛し続けます」でさえ3割は離婚に至ってしまうわけで(ここでは「離婚率」の計算方法が妥当かどうかは問わない)、自分の気分で買ったモノを愛し続けるのはそれほど簡単なことではない。

大切なのは「一生モノ」を見つけることではなく、付き合っていく過程で「一生モノ」になることにある。


人付き合いだってそうだ。

生涯の友人と思って付き合い始めるなんてことはなくて、出会いはたまたま、時には衝突をすることもあれ、時間をかけてお互いを理解しあい尊敬しあい一生の友になっていくのだと僕は思う。


革靴であれば、履き始めは足に合わなくて違和感を感じたり、ややもすると痛いという思いもする。ところが、よほど大きなズレがなければ時がたつにつれて馴染んできて、愛着もわいてくる。そのころにやっと気が付く。

「この靴は自分だけのためのもの」

自分の足に合わせて沈み込んだ中底、何度も履かれたことで足の形に合わせて変形した甲の部分や履き口。
僕以外の誰が履いても僕が感じるフィット感は得られない。


時間はお金で買うことができない。
だから多くの時間を共有したモノに価値がある。


鼻息荒く「一生モノ」を探さなくても、縁あって自分の手元に来た目の前のものを大切にしていけば、いずれは軽い言葉のイッショウモノではない真の一生モノが手元に残る。


人間の本質的な価値が偏差値で決まるのではないように、モノの価値は金額で決まるのではない。

僕たちは「偏差値で人を判断すること」を良いことではないと思いつつ(自分はそれだけで判断されたくないと思いつつ)、偏差値に重きをおいて人を見てしまうことがある。一つの側面だけで優劣が語られてしまう。

高価な素材をつかって一流の職人さんが手塩にかけたものは素晴らしい。ただそれが自分にとっての「一生モノ」かどうかは別次元の話だ。
両親がエリートな小学校から私立に行って金かけて育った高学歴イケメンは素晴らしい。ただそれが世の中すべての人にとって理想の一生の相方になるかどうかはわからない。

自分が本当に愛せるものを振り返ると、数字やうんちくはどうでもいい、ってものが最後は強かったりしないだろうか。


一生モノを追い求めることが悪いことだとは思わない。

でもそれが単なるブランド志向だったり、値段で決まっていたりしてしまうのであれば、見失っているモノも多いのではないだろうか。


僕にとっては手元にある靴のすべてが言わば一生モノだ。

とても嬉しいことがあった日に買った靴、かみさんと最初にお出かけした日に履いた靴、結婚式に履いた靴、子どもたちとの外出用に買った靴。
いまは無きGoogle+のコミュニティで話題になって買った靴。ブログを書くために買った靴。
まだ先の娘(あわよくば孫)の結婚式に履くつもりの靴、息子の社会人初日にお揃いで履こうと思っている靴。


すべての靴に想い出があり、思い入れがある。


過去には僕の手入れが悪くて、最終的には手放した(ストレートに言えば「捨てた」)靴もある。革靴に限らず、スニーカー、スーツやシャツでさえも手放すときは何とも言えない寂しさと苦しさを感じるのは、やはり単なるモノとはいえ、時の経過とともに想い出が生まれるからに違いない。


僕は他人が決める勝手なイッショウモノではなく、縁あって出会い、自分の人生をともに歩んでくれているものをこれからも大切にしていこうと思う。


・・・・


先日、しばらく履いていなかった靴を箱から出してお手入れしました。
シューズクロークに限りがあるので、いくつかの靴は別の場所にしまっているのですが、忙しさを口実に長い間そのままになっているものもあります。

靴を箱から取り出して、ていねいにお手入れをしていたその時、その靴を買った時の想い出、履いた時の想い出が沸き上がってきました。


「そう、この靴は『一生モノ』として買ったんだった!」


歳を重ねるにつれ、モノに対する態度が熱くなりすぎず、かといって冷めた目になることもなく自然に付き合っているとおもっていましたが、手に入れたときの気持ちでさえ忘れ、想い出がある靴さえも大切にしていなかったことに気づかされました。

今回は僕自身の自戒を込めて書いています。


・・・・


「一生モノ」はすでに目の前にある。

僕たちが存在に気づきさえすれば人生に彩を与えてくれるそのものを、気づくことなく外に追い求めるだけならば永遠に心を満たすことはできない。本当に大切なものはいつも目の前にある。

2019年3月18日月曜日

平成の逸品 その3「靴」 ~ RENDO R7702 ~

僕の平成における想いを綴る平成の逸品の最終回、今回は「靴」。


やはり平成を代表する靴といえばこれになる。

RENDO R7702 Punched Cap Toe Oxford」



平成の時代に登場し、この先もずっと輝きを失わないだろうと思われる靴。


団塊の世代に愛され、信頼されてきたリーガルの 2504NA2235NA は昭和という時代を色濃く反映した靴だと感じる。
いま思えば父が僕の今の年齢だったころは世の中がもっと活気づいていたこともあるのか、僕に比べるとずっと骨太な生き方をしていたと思う。

そうした時代を生き抜いた人に愛されてきた 2504NA やサントリーオールドやカミュは、今では価格だけを見ればミドルレンジ(下手したらローエンド扱い)かもしれないけれど、なんとなくごつさというか歴史の重み的なものを感じずにはいられない。


その団塊の世代の子どもたちにあたる団塊ジュニア世代が義務教育を終えるころ平成という時代が始まった。バブルははじけ、繊細かつ弱気な世の中に移っていったように感じる。
こうした時代にも力強い人がいて、いまではだれもが知る企業をスタートアップし、これまでの暗い印象から一転して華やかな世界観を持つようになったテックベンチャーでのスマートな仕事のスタイルが共感を集めるようになってきた。
ベンチャーの成功者は成金が多いので持つもの身に着けるものはより高価でファッショナブルなものとなり、インターネットの普及でそうした人たちのライフスタイルを身近に知るようになった。苦しい時代ではあったものの希望も同じくらいある時代。それが僕にとっての平成だった。

バブルという狂騒曲が終焉し、地に足をつけて地道に生きていくことの価値を見直すことになった平成においては、日本の独自進化すぎた高番手の打ち込み本数を競うソフトスーツよりもややしっかりした生地のクラシックスタイルが合っていた。そしてその足元もビットモカシンよりはクラシックな靴が似合うようになった。



RENDOの靴は英国調のクラシックをベースに、日本の素材を一部使って、ニッポンの感性でまとめ上げた実用靴。


価格は相対的な感覚的なものなので、4万円の靴を妥当を思う人もいれば、ありえないと思う人もいる。20万円の靴を妥当と思う人もいるし、ビスポークがあたりまえの人もいる。そもそもモノを売価と原価の差額といったモノサシだけで測るのは失礼だという意見もある。それらの意見があることを理解したうえでなお言いたい。RENDOの価格設定は極めて良心的で、僕にとっては過度に神経質にならずに履けて、でもここいちばんという時にも履きたい靴なのだ。コストパフォーマンスなどという言葉は似合わない。僕が買うことできて、履いていることがとても嬉しくなる靴だから。


平成に入ったばかりの頃はオールデンやらジョンロブやらがまだ10万円前後くらいに手に入り、ストール・マンテラッシやドゥカルも元気で、とにかく色気、作り、イメージともに海外勢の圧勝だったように思える。
国産も平和堂さんだとかが頑張っていたけれど、いわゆる「靴好き」というカテゴリーに属する人が見ていたのは海外であり、いまでいうとスーツの生地のように海外のブランドが上位、国産はあか抜けないけれど実用的、みたいな位置づけだった。並木通りにあったこのころの REGAL TOKYO は靴のセレクトショップっぽくって確かオールデンのVチップをダブルネームで売っていたり、アルフレッド・サージェントのOEMと思われる靴を自社ブランドで販売したりもしていた(記憶がややあいまいですが)。

平成も20年も過ぎると日本でもチャーチやらクロケットアンドジョーンズやらを履いている人が増えてきて、そうした海外の靴を好んでいた層に直球勝負をするブランドも登場してきた。


そのひとつが RENDO だった。


僕はたまたまAll Aboutの飯野さんの記事で RENDO を知り、単純に文字通りに受け止めてよいものだという先入観を持って購入した。

ところが最初のうちはかかとは痛いわ小指はマメできるわで、フィッティングはそれほどでもないどころかただの痛い靴だった。
よく RENDO の靴を最初に履いた瞬間にピッタリ感を感じるという意見を目にするけれど、そうして購入した人がその後3か月くらいどうだったのかぜひ聞いてみたい。

僕はもうだめかと何度か思うものの、RENDO 設立のストーリーに共感していたこともあるし、痛い靴でもそのうちフィットが良くなるという教科書的な話も頭の片隅にあるし、そもそもせっかく買った靴なので何とかしようと履いているうちに、驚くほどフィット感が良くなった。
いまはややかかとのタイト感がやや失われている気がするものの、総じてフィット感は良く、履いていて気持ちいい。

長時間歩くような場合は 01DRCD に軍配が上がるけれど、オフィス履きでちょっと外出するくらいならこれほど快適な靴はない、という印象。



僕が RENDO に惹かれたところは、素材がどこ産だとかデザインがどうだとかではなくて、単純にビジネスパーソン(に限らないが)にとって良い靴とは何かを突き詰めていったときの一つの答えがここにあるような気がしたから。
僕がビジネスで履きたいと思っていた靴を具現化したものと出会ったような気がした。
外国コンプレックスなどはなく、単純に「いい靴とは何だろうか」を考えていったらできました、という雰囲気がものすごく素敵に感じた。


アッパーに使われている国産キップは少なくても僕が購入したものはしわが大味に入るなど見た目の良さではおフランスのカーフにはかなわない。



だけど、ソールもヒールも丈夫でほつれてくるようなこともなく、国産キップもいつの間にか柔らかくしなやかになった。厚手に感じるけれど柔らかい。
つくりに関しては製造を請け負っているといわれるセントラルの実力がとてつもないのだろうけれど、きっちりと企画して品質管理して自らのブランドで売っているのは RENDO なのだから、ここは RENDO を評価すべきだと僕は思う。



昭和の時代に生まれた 2504NA が平成になっても全く色あせないのと同じように、RENDO R7702も次の時代、そのまた次の時代になっても決して色あせずに、むしろ輝きが増すだろう。

作り手としてはもう少しお洒落な領域に位置付けているとは思うものの、僕にはとてもビジネス向けの靴に思える。こういう靴がこのニッポンで企画され、Made in Jpaan であることは日本人である僕にとってはこのうえなく嬉しい。

もちろん、RENDO の靴は実用靴である一方で、ちょっとした色気もある。伊達男な色気ではなくて、理系男子的な理詰めな恰好良さ。



RENDO は頑張ってお金をためて買うに値する靴。
だからこそ、初回は絶対に店頭でサイズ合わせをして履いてほしい。リピーターであれば通販を使うのもありかなと思うけれど、初めの一足は店頭でじっくりと履き比べ、見比べて欲しい。RENDO の良さを感じる最初の一歩がそこにある。