2018年9月30日日曜日

REGAL 2504 の魅力

アクセス数を見てみるとここしばらく 2504NA の記事がトップになっている。



靴に関するレビュー系の記事は、書いた直後にアクセス数が上がって、その後あまり目立たなくなることが多いのだけれど、この 2504NA の記事はアクセス数が落ちることがなく上位をキープしている。

さすがニッポンの名靴、といったところだろうか。


最近は休日に 2504BD を履くことが多い。
やっと涼しくなってきたこの時期、例年はライトブラウンやベージュなローファー系の靴が活躍する。
特に今年は猛暑ということもあり、あえて暑苦しい雰囲気のある 2504 を履くこともないなと頭では思っていたものの、真夏の暑い日もなぜかこの靴を履いてしまっていた。
革靴なのだけれど、僕の感覚ではスニーカーの延長っぽい位置づけというところが大きい。

理由を説明するのは難しくて、でもなんだか気楽に履ける靴。
ネイビーという色のせいなのか、それともデザインなのか、理屈ではなくてそういう気分になる靴。ブラウンやブラックもまた合わせ方によってはカジュアルでも十分いけるように思える。

オシャレに関して実力のない僕にとっては、2504 は格好をつけるために履くのではなくて、外出の時に何となく合わせている靴。
個人的には W10BDJ や 3043SF のほうが全体的なバランスが良くなる気がしつつも、なんだか肩に力の入らない靴の位置づけになっている。
(カミさんには「かっちりした靴はデニムには合わない」といわれてあまり評判がよくない。W10BDJ のほうが好評)



ブラックとブラウンの 2504NA は REGAL SHOES 専売モデルではないので、街の靴屋さんからネット販売までいろいろなところで販売されている。


輸入物も含めたグッドイヤーウェルテッド製法の靴全体から見るとそれほど高価な位置づけではないものの、広い価格帯の靴を扱う街の靴屋さんでは、いわゆる高級靴扱いとしてお店の奥に鎮座していることも多い。

いまとなってはグッドイヤーウェルテッド製法の革靴の中でも特にお手頃なわけでもなく、履き心地が特に良いわけでもない。
同じ値段出せばショーンハイトでスムーズレザーのレザーソールを買うことができるし、国産にこだわらなければレイマーや神匠でかなり作りこんだ靴を買うことができる。


だけれど、2504 は理屈で履く靴ではない気がする。

2504NA は、もうそれこそ「コレしか履かない!」という筋入りのかたから、オンオフ兼用でフルに使いまわしている上級者まで、それこそ数多くの人々に支持されてきたモデル。
人によっては想い出の靴であり、歴史の一部でもある。

2504NA の魅力のひとつが「変わらない安心感」。
今日買った 2504 を、おそらく10年後でも修理ができるだろうし、買い増しもできるだろう。

必ずしも中庸なデザインではなくて、どちらかといえばアメカジよりのゴツイ雰囲気は、クラシックなスーツスタイルにはやや主張が強すぎる。 なので、本来であればバブル時代のダブルスーツの時にしても、最近のクラシック調のスーツにおいても、足元にこれを持ってくると教科書的にはなんだかな、という違和感を感じる。

ただ、それでもいいのではないか、と感じてしまうのは、やはりここニッポンの風土に根ざしている靴という意識があるからかもしれない。同じく日本の風土に合ってインスパイアされたスーツというか背広にはこれがピタッとはまっているように見える。

料理におけるカレー南蛮や餃子が日本の風土や嗜好に合わせて独自の進化(「変化」かもしれない)を遂げたのと同様に、ビジネスシーンにおける足元についても欧米とは異なる過程を経ていまに至る。


ギョーザ靴と揶揄されがちなスリッポンも、イタリアあたりが発祥の靴の一つの進化系であるし、日中も靴を脱ぐことがある日本のビジネスシーンではオシャレと使いやすさが両立していたがゆえにここまで広まったのではないだろうか。

日本では靴を脱ぎ履きする回数が欧米に比べて多いので、足と一体化するような靴よりは脱ぎ履きしやすい靴のほうが理にかなっている。
いまでこそ紐をきっちり締めて履くことに理解がある人が役職者に増えているけれど、ひと昔前であればお客様先などでいちいち靴紐をあたふた結んでいるような新人を快く思わない上司もそれなりにいた。
靴ベラはかかとを壊さないようにするものではなくて、無理やり靴に足を押し込めるサポーターとして使われるケースが多かった。

そもそも家で靴を脱ぐのがあたりまえな日本では、職場(屋内)で靴を脱いでスリッパに履き替えるなんて人もいる。食品系の企業では企業文化の一つとして職場では履き替えるなんてところもある。

いい歳でありながらいまだに紐靴をデカ履きする人が多いのも、ベッドに入るまでは靴を履くため靴を足と一体化させる必要がある文化ではなく、素足を最も快適と考えることをより優先する文化であることにも一端がある。

2504NA のかかとが緩めなデザインはこうした背景があることを踏まえると、何となく理由のある形をしているようにも見えてくる。



素材の観点からはガラスレザーかつラバーソールは一年を通して降水量が多い日本の気候でヘビーユースには適している。
東京に住んでいると忘れがちだけれど、大都市圏以外では舗装されていない道路を歩くことが一般的で(舗装されている道は車で移動する)、あぜ道や砂利道を頻繁に歩いたり、自転車・バイクに乗るような場合はレザーソールよりラバーソールのほうが都合のいいことが多い。

欧米基準では変に見えることが、日本ならではの理由によるものであったり、そもそも文化・自然環境・利用シーンが違う社会において独自の進化を遂げることもあるので、それぞれの国々で定着したものが本家のルールから逸脱しているからといって低い評価をすることもないと思っている。
本家本流の考え方は尊重しつつ、自分(販売されている方ならお客様)が所属しているコミュニティの文化も同じくらい尊重しておかないと、ファッションってコミュニケーションの道具を超えて、他者批判の根拠にもなりかねない。


2504NA のガラスレザーは耐久性はそれなりにしても、お手入れが簡単で修理もできる。
ビジネスパーソンが必要とする要件をある程度バランスよくまとめた靴だからこそ、長続きしてきたのではないだろうか。



2504NA は履き心地についても(最近の靴と比較すると)独特。

足首周りは日本人に合わせてなのか小さめに作られているので、適正サイズを選び、紐をきっちり縛ると緩さや大きさを感じにくい。
トウから一の甲周りにゆとりがあるので緩い靴に見られがちだけれど、外羽根の位置がやや開き目なので、足がそこそこ薄い人でもサイズをきっちり合わせてみると二の甲から三の甲はタイトに履くことができる。

どちらかというと薄目な足の人にはくるぶしが当たって痛いという状況が生まれがちなデザイン。10回、20回と履くうちにそれは不思議と収まってくるものの、痛い思いをさせやすい靴というのがもったいない。
この状況はデカ履きだとさらに強調されるはずなので、まさにサイジングが命な靴といえる。


アッパーに使われているガラス仕上げのレザーは意外とキズに弱い。
実際、同じお手入れをするのであればスムーズレザーのほうがいい状態を長持ちさせることができる。ガラス仕上げはキズなどで塗装面がはげると補修が意外と面倒だったり、擦った跡をクリームでケアするということが難しい(僕には)。
これが新品状態から悪くなる一方という印象を強く与えてしまっているのだけれど、ガラス仕上げの味はここに出るという気がしないでもない。

いわゆる「ボロボロ」というのはキズが多いことではなくて、きちんとお手入れされていない汚らしい状態なんだと思う。
ビジネスシーンで履く靴なのだから傷つくのは避けようがないし、傷ついたり汚れたりするからお手入れの意味が出てくるし、そのお手入れによってキズもまた靴の個性の一部になったりもする。
ガラス仕上げの場合、表面が削れると白い層が出てくるけれど、多少であれば補修クリームなどで目立たなくできるので、キズを恐れて四六時中靴に意識が向かってしまうより、ふだんはそんなこと忘れていて、キズを発見したら(前向きな気持ちで)全力でその補修に意識を向けるほうが有意義な付き合いではないだろうか。



2504NA は必要以上にお手入れに気を遣わなくてもきれいな状態を維持できて、多少の雨ならば靴下をぬらさない安心できる靴。
派手さはないけれど、ニッポンのモノづくりの良さを感じることのできる靴。
愛着を持って長く付き合うこともできる靴。

2504NA には魅力がある。
デザイン、素材、作り、履き心地、歴史、価格、手に入れやすさ、修理の容易さなど求めるものは人それぞれ。
2504NA はそうした多くのニーズを受け止めることができたからこそ今日まで残ってきた。相対的なありがたみは下がってきたかもしれないけれど、世代を超えて語ることのできる靴として、そしてニッポンのモノづくりを感じることができる靴として、次の世代を担う人たちにもぜひこの靴の魅力に気づいて欲しいと思わずにはいられない。



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ふだんのお手入れはブラシだけで十分かと。




クリームはときどきしわの部分を中心にデリケートクリームを。