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2022年12月30日金曜日

Arch Kerry S-1421 ALGONQUIN

Arch Kerry(アーチケリー)のVチップ、Algonquin(アルゴンキン)

もうだいぶ前に買ったのですが...


最近は既製品の展開もあって、日本の靴ブランドのトップランナー一角を占めるアーチケリー。そのMTOモデルです。


履き心地のファーストインプレッションは

「とても柔らかく軽い」

僕のグッドイヤーウェルテッド製法のイメージは、とにかく重くてごつくてだからとっても丈夫、みたいなところがあって、それは若い時に見たリーガル広告の印象を引きずっている。
これまでも当のリーガル2504NAやらRENDOやら、どれもこれも履きはじめが堅くて、それが履きなれるにつれて自然な履き心地になってくるなんてことがあたりまえだったために、革靴とはそういうものだと思い込んでいた。

グッドイヤーウェルテッドの革靴で、履き始めがこれまでにこれほどに柔らかく、軽いものは初めてだ。
頑丈だけれど重くて、履きはじめはカチコチだけれど、マメを作りながら文字どおり血のにじむ思いをして足に慣らしていくというイメージとは対極に位置する靴。

同じ柔らかく軽い靴である靴下のような感覚に近いソフィスアンドソリッドとも違う。アーチケリーは柔らかいものの明らかにグッドイヤーウェルテッドな履き心地。つま先から土踏まずのあたりでしっかり感じ取ることができる。僕の表現力だとこうとしか書きようがない。

この軽い履き心地は薄手に仕上げられている大東ロマン社のレージングカーフによるものなのか、ソールも含めたパーツひとつひとつの素材なのか、それとも製造のTate Shoesの作りこみなのか、とにかく履いているとグッドイヤーウェルテッドで作られている新品だということを一瞬忘れてしまいそう。ソールの返りも自然で、アッパー側も変に力がかかっている感じがない。


新しい靴を買うと、きつい場合はかかとや小指にダメージがでたり、緩めの場合は薬指の裏側に水ぶくれができたりくるぶしを痛めたり(これはパターンにもよる)することがあるけれど、そんなことは一切なかった。ありがたい。

もう歳も歳(50近いので)だし、固い靴を足になれるまで履き続けるよりは、ある程度最初から足なじみが良い履き心地を意識して選んだということも大きい。中年以降の人が4Eなんていう靴を履きたがる気持ちもわからないでもない。もちろん、無駄に大きい靴を履いてしまうと靴の中で足が動いてかえってダメージになるので、きつすぎず、緩すぎず、柔らかな履き心地というのがおっさん靴選びの案外重要なポイントかもしれない。


改めて僕が語るまでもなく、アーチケリーはアメリカンビンテージを現代に再現した靴。表面的な形のレプリカではなくて、アメリカ靴の文化や思想に基づいて、いったん時計を巻き戻したうえでその当時の考え方に立って素材や作りこみなど細かい部分をできる限り近づけることを極限までに意識して再現された靴。

アメリカ靴というと日本ではIVY影響が大きいのか、オールデン人気が大きいのか、2235NAがインパクト強いのか、ごつくて大きめの靴がイメージされやすい。
一方で、パークアベニューに代表される米国産ドレスシューズメーカーであるアレン・エドモンズによる美しいドレスシューズも存在する。

グッドイヤーウェルテッド製法がアメリカで発明されたのはよく知られているところ。チャールズ・グッドイヤー・ジュニアによっていまから150年近く前に発明されたこの製法により、現代において美しいといわれている靴も作られている。古き良きアメリカには十分に美しい靴を作る技術と文化があって、それをいかに量産できないかという工夫が、この製法を生み出した。

ビンテージ靴が実際に作られた年代と現代とでは技術的・経済的背景によって現実的に再現することが難しいところがある。当時の機材や工具がもう作られていなかったり、材料はもはや同じものを再現する技術が無かったり、いまでは市場が小さすぎて誰も作らないなんてものがあったりで、完璧に同じものを再現するのは難しいそうだ。アーチケリーでビンテージ靴を再現するにあたって、紐の質感が同じようなものをそれこそ足が棒になるまで探してみても、いまのところビンテージ靴に採用されているものと同レベルのものは見つからないとか。

こういう歴史的な教養は実際にそれを好きな人には到底かなわない僕にとっては、アーチケリーの再現性というよりは、完成された靴としての履き心地についてだけ感じることができるのだけれど、わかる人にはたまらないでしょうね。


僕の足はラストを作る際に想定していたものよりも外側が薄いのか、少しばかり羽根の位置がずれる。それでも甲が低めに設計されているようで、紐をきっちり締めると足と一体化している感じがする。これは柔らかめなつくりも貢献していると思う。

Dウィズといわれる甲周り、幅が細いというよりは甲を低くしていて幅はそれなりに取られているようにも感じる。丸っこいヨーロピアンの足型よりは、少し平べったい足に合うような気がする。

アルゴンキンに採用されているスプリットラストに関していえば甲が緩くて締め付けが弱いという状態になる人はごく少数ではないかと思う。紐がちぎれるくらいに思いっきり引っ張っても羽根が閉じることはないし、たとえソールが沈み込んでもこれが閉じきる気は全くしない。サンプル履いてそれでも緩いならせっかくのMTOなら羽根の形状を少し短くするとか外に数ミリずらすとか、紐を通す穴をオフセットしてもよいかもしれない。(デザイン的にOKかどうかは知らない)


アーチケリーのサイトや各種情報をみて履き口が少し大きめかと思っていたら、実際にはインバネスあたりと同じ感じでそれほどでもなかった。タンが少し短い分足首に刺さるような感じはしないので、それも自然な履き心地につながっている。

僕は01DRCDだと24がちょうどの履き心地を感じる人で、アーチケリーは6をチョイスした。気持ち大きめな気がしたけれど、この靴は休日履き前提のざっくり感を優先してみた。休日に履く厚手の靴下や履く頻度、残された履く回数を想定して選んだサイズではあるものの春夏薄手の靴下考えるとハーフ落としてもよかったかもしれない。購入時に試し履きした限りでは5.5のほうがいつのもの靴に近い感覚だった。

外羽根の靴は特にそうだけれど、靴のサイズというのは全長だけではなくて足周やボールジョイント部分とのバランスもあって、この2点でしっかりホールドできれば多少の長さ違いはあまり気にならないのも事実。Width細めの靴を買うときにハーフサイズ上げるという提案がなされるのも、そんな理由だと思う。

これまで僕はタイト寄りが好みだったので迷ったときは小さめを選択して、多少足が痛かろうと履き馴らすことで靴の形を変えてきた。
もうこれ以上靴を買わなくても一生持ちそうな状況で、ターンオーバー機能が衰えてくる年齢にもなると初回からの履き心地を求めてしまってサイジングに対する考え方が変わってきた。いまでも若い人は少しピッタリサイズを選ぶべきだという考え方は変わらないけれど、自分より年配の人に勧めるならばもうすこし力入りすぎない選び方がいいのではないかすら思い始めている。


初回のお手入れはサフィールノワールのレノベイタークリームを塗った後にニュートラルのクレム1925を何度か薄塗り。

レージングカーフはすぐにツヤツヤ光るというよりは、少しばかりじっとりしつつも少し引いてみるとサラッとした仕上がりになる。この革であればレノベイタークリームだけでも十分にも思える。クレム1925を塗ったのは購入当初の保護的な意味合いが強い。防汚と防水みたいな。

同じデザインでもコードバンで作ったのであれば徹底的に光らせたほうが格好いいでしょうね。レージングカーフはつま先やかかとだけ光らせるような立体的なほうが似合いそう。僕はこの靴は休日の少しくだけたカジュアル専用なので、あまりテカテカさせずもともとの素材感を活かすようにしている。

仕上げが薄手ということもあって、初めからすごくしなやかな革。タンを触ってみるとカチコチ感が無くとても柔らかい。この革で靴を作るのは結構難易度が高いのではないかな。芯をしっかり入れないと型崩れしそうだし、だからといってむやみに入れてしまうとそれこそ芯が浮き出る硬い靴になってしまう。

ロットによって色合いが少し違うというのも良くとらえると楽しみな部分。今回のうっすら赤を感じられる茶色を維持するためにも、しばらくたったらクレム1925のエルメスレッドのような少し赤みのある色付きクリームを使ってみよう。

イカともよばれる独特のソール形状は、履いてみると気持ち安定感があるような気持ちになるのが不思議。かかとがオリジナルのラバーヒールで、ここに関しては履いている限りは絶対に気づかれないところではあるものの、ヒールをオリジナルにするあたりにアーチケリーの矜持を感じる。こういう型を用意してオリジナル品を作ろうとするとそれなりのロット頼まないと単価上がっちゃうし、その分ロッド頼むと今度は在庫が積みあがってしまう。

そんなソールにはBoot Blackのソールコンディショナーを軽めに塗っておいた。


アーチケリーの靴って、それこそ革靴は痛くて...とか言っているご年配の金持ち層にこそ教えてあげたい。

パターンオーダーで1足10万円を超える価格というのは、一般的なサラリーマンお父さんにとっては高根の花という気がしないでもないけれど、資産10億円を超える層にしてみれば足に合う靴が10万円で手に入るのだからいい買い物ではないだろうか。

そこまでいかなくても、企業勤めである程度出世した人で、スーツスタイルが好きまたはそれが必要な人にとって、こういう履き心地が良くどこに出しても安心なオンからオフまで対応できるアーチケリーは選択肢の一つとして十分検討に値する。

よくあるスーツの金額指南みたいなところでは部課長クラスで10万円なんて記載がある。スーツに10万円かけるなら靴にも10万くらいかけてもよいと思う。そんなサイトではなぜかスーツより靴のほうが安価な提示がされている。赤タグゼニアしか着ないような人ならば結果としてそうなのかもしれないけれど、量販店~パターンオーダーくらいまでのスーツであれば靴の価格を上げたほうが文字どおり印象の底上げになる。

僕が知る限りのニッポンビジネスシューズのベストバイであるリーガルの01DRCDが4万円で、これさえ履いていればスーツがツープラであろうとTROFEOフルオーダーだろうと問題ナシなので、そもそもスーツと靴の金額比を出すこと自体が無駄活動に思えてならない。


きちんとしたつくりの靴のメリットは適切なお手入れさえすれば案外長持ちすること。適切なローテーションをする前提であれば革靴は10年以上持つこともあり、50歳以上の人であればアーチケリー2足を手に入れて残りは手持ちの靴でローテーションしたらもう一生靴を「買い替える」必要はない。買い足すたびに靴が増えるだけで、ますますローテーション頻度が長くなり捨てることはなくなる。


アメリカンビンテージの再現へのあくなき追及がこのブランドの大きな差別化。
レプリカではなく、再現によって現代に持ち込まれたデザインはわかる人にはド刺さり状態で、それがこのブランドを支持する人の声に表れている。

僕のようなそういう教養があまりない人間にとっては、この靴のもう一つの側面で履きやすさや細かい作りこみ、パターンオーダーの自由度には強く惹かれる。世界中探せばこの靴に近い履き心地を実現する靴はあるのかもしれないけれど、手に入れやすい既成の靴しか履いたことがない僕にとってはこの靴は唯一無二の履き心地で、それこそ快適だった。

次々に買い足しできるようなものではないけれど、想いをあれこれ言いながら靴をオーダーする楽しみまで含めて考えたら十分に満足度が高いものだった。


これ、グッドイヤーウェルテッドの靴なんですよね。

アメリカンとかブリティッシュとかそういう話はいったん脇においておいて、革靴を「履きたい人」も「履かなければならない人」も、すべての人に伝えたい、

革靴が痛いのか、痛い靴がたまたま革靴だったのか。革靴を履くのなら、まず試してみる価値がある靴がありますよ、と。

靴は履いて歩いて(走って)なんぼであるので、履き心地というのは実際に終日歩いてどうかというのが僕にとっては大きい。静止状態で「収まりがいい」とか「かかとをつかんでいる」とかはどうでもよくて、実際に歩いたらどうか、それも50回くらい履いて靴が落ち着いた段階でどうかを大切にしていた。それまではマメができようが血が出ようがそういうプロセスが大切だとさえ思っていた。

それがいまや新しく購入した休日用の靴を50回経過するのはいつだよ、という年齢になってしまった。そうなるともうカチコチの靴よりも、あたりのいい靴のほうがありがたい感じで、履き心地はそれこそ10回目に履いたあたりを完成形の基準としたくなる。

アーチケリーはとにかく足へのダメージが少ない。まだ履いた頻度が少なすぎるので雨の日晴れの日履き続けた時の耐久性は未知数だけれど、いまはこの履きはじめから快適な履き心地こそが価値だった。

アーチケリーの良さはどこにあるのか。
僕にとっては「履いて歩く」という靴としての本来の目的に寄り添う雰囲気が感じられた靴なんだということに気づく。

世の靴好きといわれる人たちがこぞって評価するアーチケリー。この靴がそれこそビンテージになるくらいまで大切に履いていこう。


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2021年3月3日水曜日

Arch Kerry - Algonquin Split Toe Blucher Oxford

靴好き界隈ではいまいちばんホットともいえるブランド「アーチケリー(Arch Kerry)」

(写真が影になっていてへたくそですが...これはオーダーと同型のサンプル)


仕事で履く靴はもう打ち止めという感じなので、オフ寄りできればオンでも、という靴を新たにオーダーしてしまった。納品は4か月後あたり。

Arch Kerry Algonquin Split Toe Blucher Oxford、通称アルゴンキン。Vチップと呼ばれることも多い。


Arch Kerry についてはこのブログを見ているような人であればすでにご存じだとは思うものの、少しだけ。

アメリカンビンテージにこだわるあまり、履いていたら気づく人はまずいないであろうラバーのヒールをオリジナルで作ってしまったり、言われなければこちらもまた気づかないであろう靴紐までコットン100%のオリジナルにしていたりなど、見えないところ、気づきにくいところまでも徹底して追及する、そんなブランド。

製造を担当としているTate Shoesさんとしては、もはやこの作りになるとハンドソーンしたほうが早いのではないかという状態なのに、ビンテージはグッドイヤーウェルテッドなんだからわざわざリブ寝かせて機械通すとか、現代ではなかなか手に入りにくい色や質感を実現するためにタンナーに足を運び毎回色の確認をして最終仕上がりのイメージを毎回考えるとか、とにかく自分の思うものに妥協をしない靴づくりに対する熱意が伝わってくる、そんなブランド。

とはいえ靴は履くものだから、木型にもこだわり、特にかかとのおさまりを重視してラストを工夫したり、スマートに見せるために履き口を少し大きめにしたり、ハンドプリッキングで見た目のわかりやすい雰囲気も大切にする、そんなブランド。


単にデザインを再現するのではなくて、そのコンセプトや意味までを再現してしまうアーチケリーにしてみれば、ラインナップに入れているナイロンメッシュの素材感はまだ当時を完全に再現できる域にはいっていないということだし、靴紐についても目の細かさがまだまだ粗くて、当時と同じ細やかさのものは日本では見つけられていないとのこと。

アメリカンビンテージの再現にあたっては、表面的な形をコピーするのではなくて、その時代考証も含めて数多くの資料にあたられていて、そのうえでステッチ一つの意味、素材の意味などを考えて企画されているそう。

ほかの革製品についても当時はどういうものを使っていたのかも調べているのだけれど、靴以外は資料が足りなくてきちんと時代考証ができないことが悩みだったり、財布などの小物系はその時代に必要とされた機能による作りがなされていて、そのまま再現すると現代では意味をなさないものになってしまったりと、いろいろ難しいらしい。

ここまでいくと「再び現れた」という「再現」という文字どおりで、その時代の一部が切り取られて現在にタイムスリップ、そこで単に作っている側から見ればごくごくあたりまえの靴を作っていることと同じとしか思えない。シンプルにオリジナル。


僕が購入する前にすでにご購入されている方々に、日本の革靴界隈での超有名人が多いということは、単なる話題性だけではなくて、それに裏打ちされるプロダクトの群を抜く立ち位置があるからこそ。

正直なところ、単に革靴を履いている人レベルの僕にはこの靴の意味や本当の良さなんて解っていないなんてことには気づいているものの、靴好きが自分の作りたいものを徹底して作ったというストーリーにわくわくしてしまう。そう、機能を中心とした道具を買うのではなくて、大げさに言えば文化や歴史に投資する感覚すら感じてしまう。


とはいえ、10万円レベルの靴なので僕にとっては気分でホイホイ買える靴ではないのもまた事実。
「欲しいけど、やっぱり手を出せないな」という気持ちでずっといたものの、ちょっとしたきっかけがあり「頑張れば手が届くし、やっぱり欲しい」に変わってきていた。

RENDOが始まった頃もそう思ったのだけれど、本格的な革靴が衰退するのではないかと思われるこのニッポンで、世界に通用しようとする革靴を企画し、作っている人がいて、それが自分の目の前にあって、なんとか(かなり)頑張ったら買える価格で手に入る。

そういう靴ってものすごくわくわくしないだろうか。安藤坂に行けばそういう作り手の声を聞きながら靴を選ぶことができる。ステッチ一つ、靴紐ひとつまで作り手の熱い思いを聞きながらどれにしようか選べるなんて、国内でそんな体験はジョン・ロブでさえできない。


デザインはいわゆるVチップ。アーチケリーでいうところのアルゴンキン。
40代以上であれば、若いころにAldenのコードバンVチップにやられちゃっているひと多いのではないだろうか。ほしいほしいと思っていても、結局手に入れられずいつの間にか歳とっちゃいました、なんて人いないだろうか。

全体の印象を決める素材として僕が選んだのは大東ロマン社のブラウン。直近の仕上がりは気持ち赤味が差したダークブラウンという感じだとか。この手の茶系は自然素材だけに毎回きめの細かさや色合いなどが微妙に違うらしい。それを「あたり」だとか「はずれ」だとかいう月並みな言葉ではなくて、個性としてどれも楽しめるところがアーチケリーの楽しいところでもある。

サンプルを触れた感じではいわゆる国内メーカーが使っている国産キップに比べると遥かに薄手に仕上げられていてとても柔らかな印象。試作段階ではイタリアの革なども試してみたが、大東ロマン社のカーフにたどり着いたそう。クリームをよく吸う革なので染料などによる変化も楽しめるとか。せっかくだから手元に来たら少しだけ色合いの違う染料系クリームを使って楽しんでみようか。

ラストはDウィズということになっているが、芯の入れ方や素材で使われているカーフそのものの柔らかさによって窮屈さを感じない。

サイズ把握のためのサンプルシューズは内羽根で、今回のアルゴンキンは外羽根なのでおそらく完成時点でのフィッティングは違ってくる。アルゴンキンのラストはつま先が少しゆとりあるつくりという話もあるので、どう出るか楽しみでもある。

試着した感じでいうならば、サイズ感はシェットランドフォックスのケンジントンあたりに近い。ただ、実際に数字無視して足入れしてみるといいかも。かかとの包み込みや甲の外側のフィット感を感じるのは少し小さめのサイズにしたとき。サイズバランスが良かったこともあるのか、かかとのおさまりはこれまで履いた靴の中でもトップクラスどころか明らかにトップ。

コバの仕上げはホワイトステッチナチュラルトップを選択。

こんな色。
ビジネスユースを考えるとブラウンの糸にしてコバも塗りつぶすのだろうけれど、カジュアル用途にはこっちのほうが圧倒的に格好いい(と思う)。
当然目付はハンドプリッキング。3月以降の改定でハンドプリッキングが標準化されるためあえてこのオプションは外そうかどうかちょっとばかり悩んだものの、やっぱり実物目にするとやりたくなってしまったので。

アメリカンビンテージという位置づけとしてはキャンバスライニングで、それはそれで格好良いところもあれど、内側が破れた時のメンテナンス性などは革に一日の長があるということだったので、超長期ユースを考えている僕はそのあたり踏まえてライニングはレザーを選択。


今後は2235NAのようなウイングチップや、Alden 990 のようなプレーントウも作ってみたいとのこと。そういえばアメリカではAlden 990、イギリスではシャノン、日本では2504みたいな少しぽってりしたプレーントウって息長い。
(しかもどれも素材の違いはあれテカテカしているモデルというのも共通)

休日に2235NAなどを履いてはいるものの、僕自身は実はアメリカンビンテージよりはブリティッシュクラシックが好み。そんな僕に新しい世界を見せるための神さまのちょっとした計らいなのか、ひょんなご縁がありアーチケリーの靴を手に入れることになった。

僕はいつの日か息子とおそろいで2235NAを履くことが夢のひとつで、そんな話をディレクターの清水川さんに話したところこんな一言が。

「リーガルで無くなってもアーチケリーで作りますよ」

僕の中でアーチケリーが「買いたい靴」から「買う靴」に変わった瞬間だった。
うん、息子がちゃんとした革靴を履くようになったら今回購入したアルゴンキンでお揃いにしよう。


アーチケリーはアメリカンビンテージを推しているとされているけれど、実は推しているのは「アメリカンビンテージそのもの」ではなくて、「好きな靴を現実化する楽しさ」ではないかと思えてならない。その一つの形として、清水川さんは自らが使命感とさえ考えているアメリカンビンテージの次時代への継承という「こだわり」をアーチケリーというブランドの製品を通じて見える化しているのではないかと。靴の形という外形的な分類だとアメリカ靴ということになるだけれど、では、いま店頭で売られているジョンマーやアレンと同列の靴を日本人が作った、というとそれは違う。そもそも勝負している分野が違う。

アーチケリーは単なるレプリカとしての靴を売っているわけではない。

僕にとってアーチケリーはもちろん歩くために履く靴という道具の面はあれど、それだけではない。靴はこれからたくさん積み重なる想い出を詰めていく入れ物でもある。家族の想い出、仲間との想い出それぞれの瞬間をともにする靴だからこそ、機能性や数字だけでは語れない「何か」を感じる靴であることが大切なのだ。

靴を10足以上持っている人であれば、11足目、12足目、13足目に買おうとしていた靴をちょっと後にして、その3足分の予算をもってアーチケリーの門を敲くのも有りではないかと強く思う。靴に対する考え方、単なる既成靴を超える細やかなつくりはもちろん、オーダーの際の会話によってよい革靴の基本について学ぶことができる。

比較的お金が自由に使える若手にもありではないかと。不透明な時代で手堅くお金を残すという選択も悪くはないけれど、将来の投資とみてボーナスの一部を使えば手に入れることができる。単に商品としての靴を買うのではなく、日本の靴界隈の有名人の心をつかむ靴をプロデュースする人の話を聞けるというサービス付きで靴を選ぶことができるなんでいまのうちだけかもしれない。いまなら著名人のClubhouseでも聞けない「濃い」話が聞けるかもしれない。


お客様がこの革で作ってほしいといえばできる限り持ち込み対応も考えたいという驚きの発言もあるくらいなので、ステッチやパイピングなどのデザインもある程度は希望に沿ってくれる。

ディレクターとして自分が妥協せずに目指して作り上げたデザインについて、いろいろな人が好き勝手に手を入れるのはどう感じるのかと尋ねてみたら、自由に楽しんでもらえればという回答だった。この安藤坂コインにアーチケリーのユーザーが集まって、みんなでそれぞれのこだわりをあれこれ言い合ったり、思い思い好き勝手に「こんな靴どうだろう」みたいな話ができたら面白いですね、なんて話で盛り上がった。


自分の好きなことに対して徹底的にこだわることに楽しみを見出した人だからこそ、同じように自分の好きなようにあれこれ考える人の気持ちに共感できる。安藤坂の一角から始まったブランドの想いや志は、果てしなく大きい。