黒のスニーカー、TIGER ALLY。
アシックスが擁するブランドの一つ、オニツカタイガー(Onitsuka Tiger)の定番です。
仕事で黒のスニーカーが何足か必要になったため、おとなしめで上品なデザインな気がして、以前から気になっていたタイガーアリーを購入しました。
仕事上では革靴がほとんどで、たまの休日にもローファーやカジュアル系革靴を履くことがほとんどになってしまったので、スニーカー系はこどもたちと公園で遊ぶ時くらいしか履かなくなっていました。
今回、仕事でかなり動き回ることがあり、スーツスタイルではなくカジュアルに寄せたこともあって、足元もこてこてなビジネスシューズからスニーカーに変えることにしました。
中学生の時にニューバランスに出会ってから40年近く、ニューバランスくらいしかまともなスニーカー履いたことがありません。ときどきファッション系ブランドに浮気したこともありましたが、特に他を比べることもなく、コレクションすることもなく、単に一足が履けなくなると次を買う、なんてサイクルです。もう当初の型番などは覚えていませんが、後半はM1400を買い替えながら、販売されなくなってからは同ラストと言われているM576を履き続けてきました。
ランニングどころかウォーキングもしませんし、そもそも月にせいぜい4回履けばいいほうなのでこれ一足で困ることもありません。
余談ですが、ニューバランスで言われるソールの加水分解についてはこれまで経験したことがありません。月数回しか履いていないけれど、公園で走り回ったりするので砂埃が乾燥させてくれたんでしょうか。
ちょっと調べてみると、スポーツシューズの技術革新はこの50年くらいで大きく進化していて、最新の技術を搭載した靴は足や膝、腰など体全体に優しいことはわかりました。
ソールはどんどん厚く広くなり、重厚感のあるデザインに進化(?)を遂げています。まるで生物の適応放散ごとく、いろいろな目的に合わせてデザインも多様化しています。
しかし、革靴のシンプルなデザインに慣れ親しんだ自分から見ると、そのデコラティブなデザインは飛躍しすぎる印象で、これからビジネスで履く靴として選ぼうとすると、どうもしっくり来ません。このあたりは主観的な問題であるとはいえ、シンプルイズザベストの引き算の哲学が好きな私には、ちょっと行き過ぎ感を感じずにはいられません。
また、実務上階段の上り下りなんてのは頻発するものの、走ったり跳んだりみたいな激しい運動をするわけではないので、ソールをはじめとした機能面への要求水準はそれほど高くもありません。
私がもう30年近く革靴中心だったためか、足や体全体もその前提で変化しているのだと思います。実際、レザーソールの靴は返りについて言うならばたいていのラバーソールの靴よりも人間の体にフィットします。走り回ることすら少ないオフィスワークにおいては、もしかするとそれほど大きなマイナスはないのかもしれません。
そんな私ですので、デザインはクラシックと呼ばれる範疇のものが候補になりました。スーツの世界も革靴の世界も、結局のところクラシックに行き着くのが自分のスタイルなんだと。つくづく思います。
クラシックにも色々な方向性があるようですが、今回の候補は、
・ランニングシューズを原型としたもの(バスケやテニスの出自ではない)
・それなりにクッション性を重視だが、階段上り下りが多いため必要以上の厚底は避ける
・コストは1万円から2万円、生産国にはこだわらない
といった基準で選びました。
前置きが長くなりましたが、そんな基準で選んだのが今回のTIGER ALLYです。
TIGER ALLYにはレギュラーモデル(?)であるベトナム製のTIGER ALLYと、日本製のTIGER ALLY DELUXEがあります。私が購入したのは前者、18,700円(税込、2024年10月時点)です。
もともとはTIGER ALLIANCEという名前で販売されていたモデルのアップデート版のようです。Onitsuka Tigerのアーカイブにある画像を見てみると、ほぼTIGER ALLYと同じデザインで売られていたものを2017年に踵周りの安定性とfuzeGEL搭載で更新、その際に名前をTIGER ALLIANCEからTIGER ALLYに変更したようです。
TIGER ALLYはクラシックなランニングシューズの形、モノトーンのスエードによる落ち着いたデザインと、まさに大人のスニーカーという印象です。
アシックスの靴の特徴であるアシックスストライプ(メキシコライン)って、機能面はさておきとして、学校の指定靴だったり田舎の少年時代の印象が強くて、そのデザインの押し出しが強いと却って購入意欲が減ってしまうのですが、このTIGER ALLYのように全体のデザインの中に溶け込んでいると今度は信頼の意匠に見えてくるので不思議です。
BLACK/BLACK、CREAM/CREAMといったカラーの靴は上品に見えます。
今回購入したサイズは日本サイズで25.5、US7.5です。
普段の革靴はリーガルではほぼ24、サージェントなどのUSでは6、チャーチなどUKでは5.5を履いています。ざっと1.5くらいサイズを上げています。
TIGER ALLYは小さ目なつくりというのが定説で、ワンサイズ、またはそれ以上のアップをしたほうが良いということも書かれています。ワンサイズの定義が0.5単位なのか1単位なのか、足の実測からなのか特定のスニーカーサイズなのかわかりませんが、一般的なスニーカーで履いているサイズより大きめを買うほうがいいという意見が主流のようです。
今回は近くにお店がない環境での購入ということもあり、通販で購入しました。
ふだん履くニューバランスM576では25.5/US7.5でやや緩め、CM996でも25.5/US7.5でもうハーフ下でも履けないことはないくらいに感じますので、今回25.5を選びました。
到着して足入れをしてみると...
「んー、なかなか小さいか?」
サイズをミスった感がよぎって一抹の不安を感じつつも、冷静に判断してみると足が締め付けられるかというとそんなことはなく、単に新品だからふわふわなフィット感になっているだけのようにも感じます。指が抑えられることもなく、甲の血行が悪くなるようでもない。履けないというほどの小ささではないし、多少沈み込んだらぴったりになりそうな気もしてきます。
革靴と違い、ふかふかな部分があるスニーカーは直感的にサイズがわからない気がします。少し当たるのが小さいのか、それとも構造上そういうものなのか、感覚的にもう少しわかりたかったので早速履いて出かけることにしました。
革靴であればここでプレメンテ、ということになるのですが、スニーカーでは特に過保護になることもないと思うので、気休めに防水スプレーをかけてみました。防水スプレーはスエードの靴にごく稀に使うくらいで、スニーカーにはふだんはつかいません。購入時は汚れがついていないし、おまじないとしてやっています。
履き心地はかなり「ふかふか」
ニューバランスの靴(ENCAPミッドソール)についてよく「雲の上を歩くよう」という名言が引用されますが、TIGER ALLYはその点ではもうちょっと上をいっている印象です。
踵部分にはfuzeGELと呼ばれる衝撃吸収素材が埋め込まれているようですが、それだけではない全体的なふかふか感があります。実際の厚み以上にソールの厚みを感じて、慣れないうちはかえって力が入らないような不思議な感覚です。ちょっと不安定なスポンジの上に立っているような。
あまりにもふかふかふわふわなので、足の長さを見誤ることがあり、右足をつっかけるようなことが何度かありました。
慣れてくると、このふかふかを利用して歩いていることに気づきます。衝撃が少ないので重いものを持っているような時は少し踏み込んで歩くなんて感じになります。
初回はそんな印象でしたが、当然のことながら革靴にありがちなマメができることもなく、歩けば歩くほどサイズ感に慣れてきて当初の窮屈感は消えてきます。店頭で足入れをした段階ではなかなかわからない靴との相性が少しわかった感じです。
クラシカルなデザインをまとめるアッパーは天然皮革のスエード。ドレスシューズ系によく使われるCharles F. Steadあたりと比べてしまうとそこまで良いというわけではありませんが、価格を考えるとフルスエードというのはかなり頑張っているのではないでしょうか。コストのためかタンはナイロンメッシュになっています。今回購入したブラック(BLACK/BLACK)については特に変な差し色もなく、シンプルに黒基調といった感じです。
1980年代の靴をルーツにしているので、デザインそのものは40年前のものになります。踵のクッション素材はアップデートされているとはいえ最近のハイテク靴には機能面で負けてしまうかもしれません。
ランニングシューズであるが故、安全性のために踵にリフレクターがついているくらいで、このくらい黒っぽいとビジネスで使いやすいのでありがたいです。
靴紐も黒で完全なブラックモデルになっています。幅の大きめな平紐ですが伸縮性はなく薄っぺらい紐です。紐の伸縮に頼るのではなく靴全体で足の形の変化を捉えるという設計思想であれば、ひもはしっかり固定する役割に徹した方が良いと考えています。その意味では、履いていて足が痛くなるようなことはないので、靴紐の役割としてはしっかり面で支えてぶれないという役割に徹しているものと考えられます。
TIGER ALLYのスエードでまとめられたアッパーやソールのデザインを見ると、あくでもタウンユース向けです。(もともとランニングシューズですし)
価格帯的に近いCM996と比べると、明らかにCM996の方がタウンユースよりに感じます。アスファルトの地面との一体感というか情報のやり取りは明らかにCM996に分配が上がります。レザーソールの靴ではダイレクトに地面を感じるので、地面とのコミュニケーションがある靴の方が慣れているといった方が正しいでしょうか。
一方TIGER ALLYの特徴は甲の緊張感が少ないというか、より足との一体感を感じます。CM996は私の場合は「靴を履いている」という感覚が常にあるのですが、TIGER ALLYは靴の存在を忘れてしまうようなことが多いです。地面の種類に限らず、足裏に入ってくる情報はほぼ同じなので、こちらのタイプになれると「歩く」ということのストレスが減るのではないかと思われます。
購入当初感じたサイズの小ささ感は終日履き続けているとまったく気にならないものになりました。確かに同サイズのCM996と比べると気持ちタイトな感じはするものの、私は実測から1.5ほど大きいサイズですので、小さいということはなかったのかもしれません。
同サイズでも比較的大きめに感じるML574と比べると体感的にハーフサイズは小さい感じがするので、ML574をそれなりにタイト目に履いているのであればハーフ(0.5)くらいは上げてもいいかもしれません。
このあたり、街中の靴屋さんでフィッティングを試しやすいニューバランスに対して不利な点であることは否めません。
TIGER ALLYは特にクラシックをそのまま復刻するといったこだわりに重きを置いている訳では無さそうで、デザインはクラシックなものでありながら、現代の技術を取り入れながらアップデートされています。
踵の後ろ側のカーブはややきつめ、踵を掴むデザインになっています。踵自体はそれほど小さくはありませんが、インソールに少しカーブがついているなど収まりが良いです。踵のスタビライザーの素材が柔らかいため「これ機能するのか?」と一瞬不安になるものの、指でぐにぐに押してみてもしっかりと支えている感があるので十分な機能があるのでしょう。(当然天下のasicsさんはその辺調査済みか)つま先側に向けて少し長めに入っているので、ここも計算済みって感じでしょうか。
CM996と比べると、踵の芯自体は少し小さめなので、その分スタビライザーの長さで安定性を担保しているようにも思えます。
踵のアウトソール側面積はかなり大きめで、歩行時の衝撃吸収と安定性を意識していることが伝わります。踵大きめ、つま先小さめの作りです。
アウトソールはタウンユースを想定してか凹凸は少なめ。このソール、雨の日はなぜか滑りやすいです。せっかくアッパーがスエードで雨に強いのに、ソールが弱いというのはちょっと残念。
ソールのパターンを見ると、足の形状に合わせて靴が内側に振られている通りにパターンもやや内側に向けられています。私は比較的進行方向に対して平行にボールジョイントが折れ曲がりますので、足が屈曲する角度とパターンの角度が微妙にずれています。パターン的には足の力が入る方向を重視しているようです。雨の時などにこの差によってソールにかかる負荷、一部は伸びきり、一部は緩むために路面に対して効果的になっていないのではなかと思えてしまいます。
つま先側は足の屈曲を意識して、大きく抉っているので、レザー素材ということも併せてなんとなく穴が開く人出てきそう... という印象もありますね。
こうして靴をよく見てみると、ニューバランスはあの「N」を刺繍するために台座となる部分が必要になり、そこにあてがわれている革が二の甲をしっかり一周していますね。いわゆるローファーでいうところのフルサドルになっているので、足にしっかり巻きついて安定しますねこれ。
TIGER ALLYは足にあったサイズを選べば満足度が高い靴であることは間違いありません。ニューバランスやナイキは他の人と被るから嫌、という時には選択肢の一つとなるものの、圧倒的な差別化はないような気がします。
クラシックなデザインのタウンユースにおいては、さすがCM996は完璧に近い完成度になっています。しかも全国どの都道府県でも購入できるとなるとごく一部の取扱店舗でしか試し履きができないTIGER ALLYを無理して買わなくても、ということになってしまいます。直営店でしっかりと売りたいという意図なのでしょうけれど、日本のメーカーがせっかく世界で売れている靴に真っ向勝負できる靴を作っているのにもったいないなぁと思ってしまうのです。
細かくみるほど、さすがに世界レベルで売れているニューバランスの長老モデルは完成されています。淘汰を逃れて生き延びたともいえます。もう40年前のテクノロジーと言っても他にとって変わって廃れるほどでもない、出自はランニングシューズとはいえもはやこれで走ろうという人はほとんどいなくて無問題。ファッションとして生き残ると言われながらも、一定の履きやすさという評価も得ている。
TIGER ALLYも似たような位置付けの中では十分に戦える、むしろ勝てる靴であると思えます。テクノロジー面では十分勝てますし、ファッションとしてみると程よくクラシック。大人が履いてもサマになる落ち着いたデザインは他では意外とありません。Onitsuka Tigerの他のラインや、asics全体を見ても、これだけの大人デザインのランニングシューズベースのモデルはないようです。ニューバランスでも一部のレザーML574が対抗馬かなという気配もしますが、安定供給が期待されるフラッグシップではありません。ミズノのMR1にも惹かれますがちょっと路線が違いますし、入手難易度はさらに上です。
同じ黒でもナイロン系メッシュに比べたらスエードのモノトーン靴なのでジャケパンでも使えます。十分ありとなる職場もスニーカーの中では多いでしょう。ロゴや意匠も目立たないので、単なる黒スエード靴のように履けます。
スポーツをするのではなく、どちらかというと歩きを中心としたタウンユースを前提に、シンプルな足元を、ということであればTIGER ALLYはその有力候補になります。
願わくはTIGER ALLY DELUXEの在庫が復活してくれれば...